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All Races Review あの時の興奮をもう一度!・・・2004年


 
●IRLインディ・カー・シリーズ第3戦
ブリヂストン・インディ・ジャパン300 4月15日〜17日





 過去最高となる7万6000人(公式発表)を集めた2年目のインディ・ジャパン。ポール・スタートのウエルドンが快調に飛ばし、その後をチームメイトのカナーンが追う展開となった。





 序盤はこの二人を筆頭にホンダ勢がトップ6を独占していたが、ライバルのトヨタ勢も猛追。最初のピットを終えた時点で予選10位から4番手までポジション・アップしてきたマニングを先頭に、6番手のホーニッシュJr.、7番手にディクソン、そして予選15位からカストロネベスが9番手に浮上していた。ガナッシとペンスキーの4台は確実にホンダの牙城を崩し始めており、予選では目立たなくても、最後にキッチリとワン・ツーを決めた開幕戦のペンスキーの強さが脳裏を過る。





 しかし、88周目にホーニッシュJr.はセカンド・ローからスタートした松浦と接触を喫し、コンクリート・ウォールの餌食に。松浦のリア・タイヤもパンクするが、なんとかピットまでもたせてレースを続行した。





 ホンダ陣営が最も恐れていたドライバーの一人が消え、その後も快調に周回を重ねるアンドレッティ・グリーンの2台。最初にもてぎでレースが開催された1998年のルーキー・イヤーからホンダ・ユーザー(2000年を除く)で、日本でも馴染み深いカナーンは前戦のフェニックスを制していた。そのカナーンがいつ仕掛けるのか、注目が集まっていたものの、この日のセブン・イレブン・カーは「ハンドリング・トラブルを抱えており、2位キープがやっと」(カナーン)という状況だった。


 まるで末弟のチームメイトを見守るかのように、一定の距離を置いて2位に専念していたカナーン。そこにトヨタ勢のディクソン、カストロネベス、マニングらが忍び寄り、ことあれば、いつでも前に出られる展開だった。





 残すところあと30ラップ、ゴールを目前に控えた最後のピットで、カナーンに襲い掛かったのはカストロネベスだった。


 タイヤ交換無しで素早いピット作業を終えたカストロネベスは、カナーンよりも先にコースに復帰。優勝経験の無いウエルドンにとってはもっとも嫌な状況になりかけたが、リスタート後のターン1でカナーンがカストロネベスの前に果敢にダイブし、見事に抑え込んだ。チームメイトの援護を受けたウエルドンは無事にフィニッシュ・ラインを通過し、待望の初勝利をマーク。ついにホンダが7年目で悲願の地元初優勝を成し遂げる。


 期待の日本勢はホーニッシュJr.とのアクシデントで足回りにダメージを負った松浦が、悪化したハンドリングをおして8位でフィニッシュ。初日のクラッシュで依然体が痛む状況だった高木は、それでも最後まで走りきって10位を得、日本のサポーターから熱い喝采を浴びた。また、もてぎとインディ500だけにスポット参戦することになったロジャー安川は、今シーズン初レースとなった今回、初めてのGフォースでテスト不足であるにもかかわらず、11位でフィニッシュした。

 
●(20kb-pdf) IRLインディ・カー・シリーズ第3戦 ブリヂストン・インディ・ジャパン300決勝結果





●優勝したダン・ウエルドン(ホンダ/ダラーラ/ファイアストン)のコメント
「ホンダのホームレースで自分がキャリア初優勝を飾れるなんて最高だよ。まだ勝利の実感はないけれどね。明日ぐらいにならないとそれは感じることができないのかもしれない。今晩はパーティで、トニーやダリオがゆっくりなど絶対させてはくれないからね。僕はホンダのIRL用エンジンの開発に、最初から関わって来た。ホンダのレースに対する姿勢、勝利に対する強い意思は僕と同じものだと感じたし、最初から一緒に仕事をしているだけに、こうしてもてぎで勝てたことは本当に嬉しいよ」


●日本人ドライバーの挑戦





 2004年のもてぎには3人の日本人ドライバーが出場。4度目のもてぎとなった高木は昨年とうってかわり、最終列のスタートから苦しい戦いを強いられることになる。しかし、セッティングの決まらないスペアカーでも粘り強く走りきり、最終的に10位でフィニッシュした。2年目のロジャー安川は予選13位からのスタート。この年初めてのレースと言うこともあって、レース中のピットで何度もセッティング変更を繰り返したが、きっちり11位に入ってみせる。ルーキーの松浦は予選4番手からトップ5を走り続けるが、88周目のターン1でサム・ホーニッシュJr.と接触。このアクシデントで右リア・タイヤにトラブルを抱えてピットインする場面も見られたが、挽回して日本人最上位の8位でフィニッシュした。


高木虎之介(トヨタ/ダラーラ/ファイアストン)のコメント





「金曜日の午前中も走れなかったし、燃料がフル・タンクでのセッティングも出来ないまま、全くの新車で走ることになってしまった。その上、背中も首も痛く、序盤戦は、本当に辛かった。だんだんと慣れてはきたものの、昨日は、ほとんど食事も取れなかったので、体力的にもきつかった。インディ500までにはじっくりセッティングを煮詰め、全力でアタックする」


松浦孝亮(ホンダ/パノスGフォース/ファイアストン)のコメント





「ホーニッシュJr.と接触があり、終盤のハンドリングが悪くなってしまっていたのが残念です。もう少しいい結果でフィニッシュできていたと思います。アクシデントがあったけれど、8位でフィニッシュできたのは良かったと思っています。3戦連続ルーキー・トップでしたが、それよりも今回は初めてトップ集団からスタートし、その中をずっと走れたことが大きな収穫でした。クルマが決まっている時は誰とも遜色なく走れることがわかりました。自分でもレースを通してアグレッシブな走りができたと思いますし、ファンの人がたくさん来てくれたのは嬉しかったです」


ロジャー安川(ホンダ/パノスGフォース/ファイアストン)のコメント





「走行初日は非常に良かったのですが、予選からマシンの仕上がり具合が悪くなってしまいました。レースでのハンドリングもターン3、ターン4でアンダーステアが大きく、フロント・ウィングの調整で対応していたところ、今度はターン1、ターン2まで悪くなってしまうような苦しいレースでした。それでも、最後の20周ではハンドリングを何とか良くすることができ、Gフォースというシャシーについて多くを学ぶことができました。Hondaエンジンはパワフルだったし、Gフォースのフィーリングも掴めたので、次のインディ500が楽しみです」


●プレイバック2004年〜シーズンレビュー〜





 インディ・ジャパンが2年目を迎えた2004年。ゲートウエイが抜け、新たにミルウォーキー・マイルが加わった以外、スケジュール自体に大きな変更はなかった。前年同様、ホームステッドで開幕し、もてぎは4月17日の第3戦。5月30日に行われるインディ500の後、アメリカ国内のオーバルを転戦し、10月17日のテキサスが最終戦となる全16戦で争われた。


 スケジュールに大きな変更がなかったかわりに、レギュレーションは大きく変更された。前年トヨタとホンダが参戦したことで、IRLの競争レベルが飛躍的に向上。それに比例してスピードも向上し、安全性に対する疑問符が投げかけられることになった。これを受けてシリーズは、スピード抑制のためにエンジンに関するレギュレーションを変更。もてぎまでの3戦が空気の流入量を制限し、インディ500からは排気量を3リッターに引き下げられることにした。燃料タンクも変更を受け、それまでの35ガロン(約132リッター)から、30ガロン(約114リッターに)に縮小。プライベート・テストが一切禁止され、シーズン前の2回と、シーズン中3回の合同テストのみとなった。


 前年、チャンピオンを獲得したディクソンが残留したチップ・ガナッシは、新たに元全日本F3チャンピオンのダレン・マニングを起用する。惜しくもランキング2位に終わったジル・ド・フェランは、現役を引退。後任に2001年と2002年のシリーズ・チャンピオンである、サム・ホーニッシュJr.が収まり、ホーニッシュJr.を失ったパンサー・レーシングは、エースにトーマス・シェクターを迎えた。


 ホンダ・エンジンを使用するアンドレッティ・グリーンは、トニー・カナーン、ダン・ウエルドン、ダリオ・フランキッティが残留。さらにブライアン・ハータが加わって、4台体制となった。アクシデントでケニー・ブラックが離脱したレイホールは、代役にバディ・ライスを指名。もてぎとインディ500では2台体制を敷き、ロジャー安川がそのドライバーを勤めた。高木虎之介はモー・ナン・レーシングに残留し、スーパー・アグリ・フェルナンデス・レーシングは、松浦孝亮を新たに起用した。


 2005年のチャンピオン争いは、まず開幕戦でトヨタ勢のペンスキーに移籍したばかりのホーニッシュJr.が優勝。しかし、第2戦でのカナーンの優勝をきっかけに、ホンダ勢が反撃に出る。第3戦のもてぎでウエルドンがホンダに地元優勝をもたらし、続く第4戦のインディ500でライスが優勝。ホンダは念願のインディ500制覇を成し遂げた。AGRのカナーン、ウエルドンが序盤に3勝ずつ優勝を積み重ねたのに加え、チームメイトのフランキッティも第9戦で初優勝。インディ500で勝利したライスは第7戦、第10戦を制した。


 第5戦でポイント・リーダーとなったカナーンは、第8戦以降は勝利から遠ざかってしまう。その間に、第12戦でフランキッティが2勝目、続く第13戦でウエルドン4勝目をあげた。IRL初参戦が影響して前半戦に勢いがなかったフェルナンデスは、しり上がりに調子を上げ、終盤立て続けに3勝を挙げる活躍を見せた。しかしカナーンはトップ5を確実に守り抜き、一度もポイント・リーダーの座を明け渡すことなく、そのままシリーズ・チャンピオンに輝いた。


 最終戦はペンスキーのカストロネベスが制するも、この年トヨタが挙げた勝利は、開幕戦と最終戦の2勝だけ。最終戦までの4戦で、カストロネベスが連続してポールを勝ち取るが、レースではホンダに対して劣勢を強いられた。1997年の参戦以来、初めて未勝利に終わったシボレーは、2005年をもってシリーズから撤退することを発表。「コスト高騰に見合わない、TVの低視聴率と観客動員数」を主な理由に挙げ、長年シリーズを支えてきたアメリカ・メーカーがシリーズを去ることになった。


●(13kb-pdf)IRLインディ・カー・シリーズ第3戦 ブリヂストン・インディ・ジャパン300 出場者リスト


●2004年トピック
ホンダ、10年後のリベンジ


 


 時折雨がぱらつく2004年のインディ500。第88回目を迎えたこの伝統レースを制したのは、ホンダ・エンジンを搭載するレイホール・レターマン・レーシングのバディ・ライスだった。ホンダにとってはインディ500初制覇の快挙。アメリカン・オープン・ホイール挑戦から10年を経て、夢にまで見たインディ500を、ようやく制することになった。


 さかのぼること10年。1994年に初めてインディ500に出場したホンダだったが、そのデビューは屈辱的なものだった。開幕からパフォーマンスを発揮できないでしたエンジンを、当時パートナーを組んでいたボビー・レイホールのチームが、急遽放棄。そして、ペンスキーからレンタルしたPC22シャシーと、イルモア・エンジンの使用を決定する。ホンダにはまだ予選にアタックするチャンスが残されていたが、チームから退去することを要求され、ホンダのインディ500初挑戦は、戦わずして幕を下ろした。


「最後、HPDのトレーラーから出て、鍵をガチャンとかけた瞬間、こみあげて来るものがあった。まるで地の底に突き落とされたというか、あのときのことは一生忘れられない」と当時を語るのは、元ホンダCARTプロジェクト・リーダーの朝香充弘。翌戦から両者は元の体制に戻ったが、一度できた亀裂は簡単に埋まるものではなく、残り6戦を残したところでチームは、ホンダとの契約を解消することを一方的にFAXで伝えたのだ。


 この悔しさを胸に、挽回を誓ったホンダは、2年目のインディ500にアルミ・ブロックの新エンジンを投入。予選3位のフロント・ローを獲得する。決勝はほぼ勝利を手中にしながら、ドライバーがペースカーを追い越してペナルティを科せられてしまい、惜敗に終わった。しかし、このエンジンの改良型は翌1996年に驚異的なパフォーマンスを見せ、シリーズを席捲。念願の500マイル・レースも制覇するが、それは望んでいたインディ500ではなかった。この年からインディ500を中心とするIRLが発足し、シリーズが分裂。CARTシリーズへの参戦を継続したホンダは、IRLに参戦する2003年まで、失意のままインディ500へチャレンジする機会を失ってしまった。


 レイホールと袂をわかったホンダは、ベテラン・ドライバーと組んだがゆえに失敗した反省を生かし、若手ドライバー中心のチームと組んだ。その初年度こそ1勝に終わったが、CART参戦が終了する2002年までの165戦で、計65回の勝利を挙げ、ポール・ポジションも65回獲得。1996年から6年連続のドライバーズ・チャンピオン、4度のマニュファクチャラーズ・タイトルに輝いた。


 一方のレイホールはその後1勝もあげることなく1998年いっぱいで引退することになる。「参入する5年前からホンダの助けとなるよう、懸命に働いていたんだが、数年後にとても難しい状況に陥り、彼らの元を去る決断を下さなければならなかった。それからと言うもの、彼らが何度も勝利を楽しんでいる姿を見るだけの日々が、長い間続いていたよ」と当時を振り返るレイホール。チームの決断とはいえ、レイホールの失ったものはあまりにも大きかった。


 それから時は流れ、アメリカン・オープン・ホイールの状況は、ホンダがインディ500に初めてチャレンジした当時とは大きく変化した。CARTは無能な経営陣によって崩壊の道をたどり、その運営に翻弄され続けていたホンダは疲れ果て、IRLへの参戦を決意。再びインディにチャレンジすることになり、かつて袂をわかったレイホールを自陣に迎え入れた。





 そして2004年のインディ500。ケニー・ブラックの代役として起用されていたバディ・ライスが、渾身のアタックで見事ポール・ポジションを獲得する。迎えた決勝日、朝から降り続く雨で、2時間遅れのスタート。ようやくグリーンとなったものの、28周で再び雨によって中断する難しいコンディションだった。しかし、ライスの走りは終始変わることなく、3回目のピット・ストップでエンジンストールを喫して後退するも、高いモチベーションを維持して追い上げた。レースはまたしても雨によって180周に短縮されたが、ライスはその半分以上の91周をリードし、完勝した。


 10年越しに果たしたリベンジは、10年前に辛酸を嘗めさせられたレイホールのチームによってかなえられた。「まさかボビー(レイホール)のところが勝つとは、夢にも思っていなかった」と、2年前に再びレイホールを自陣に迎えた朝香は語る。「何か、因縁のようなものを感じるね。今までのいろんなことが、頭の中を駆け巡った。ほんとうに、色々あったから」


 一方、優勝をもたらしたレイホールは、「今日、我々がホンダにインディの初めてのポール・ポジションと、初めての勝利をもたらすことを、誇りに思う。そして、彼らが私たちを許し、こうして再びチャンスを与えてくれたことを、とても感謝している。なぜなら、素直に言って、このようなことが起きるとは思えなかったんだ」と感慨深げに語った。


 そして最後にレイホールはこう付け加えた。「これで10年間のできごとが消せるわけではないが、ホンダと一緒に勝ったことで、彼らが勝ち始めるのを傍観するしかなかった日々と、今までに味わったすべてのフラストレーションを抹消することができる。実にすばらしいことであり、彼らと自分たちを心から祝福したい気持ちだ」


 レースの翌日、嵐は去り、ホンダとレイホールを祝福するかのように空が晴れ渡っていた。


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