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All Races Review あの時の興奮をもう一度!・・・1999年


●フェデックス・チャンピオンシップ・シリーズ第2戦
ファイアストン・ファイアホーク500 4月8日〜10日




 前年同様、海外遠征の第一弾は日本ラウンド。2度目となるツインリンクもてぎの1.5マイルオーバルは、前年の3月から、美しい桜の花が咲き誇る4月上旬の開催となった。


 刻々と天候が変化するコンディション下のプラクティスで、トップ・タイムを出し続けたのは前年の覇者、フェルナンデス。しかしマシンは最新型のレイナードではなく、2年前の1997年型モノコックに、1998年用のアップデート・キットを組み込んだものだった。チームは前年にデビューしたばかりのスイフトをこの年から使おうとしていたが、テストでよい結果が得られず、開幕前に急遽前年使用した1998年型のレイナードを投入。ところがレース途中に漏れ出したオイルに乗ってクラッシュしを喫し、マシンを失っていたのである。





 予選はついに4人だけとなったグッドイヤー勢のド・フェランがポールを決め、2番手にメルセデスのグージェルミン、3番手にフォードのパピスと3メーカーが上位につけ、フェルナンデスは4番手セカンド・ローからの出走となった。唯一の日本人、メルセデス・レイナードの服部茂章は24番手だ。


 土曜の決勝日は青空が広がり、前年を上回る6万1000人の観客が見守る中、午後1時5分にスタート。だがド・フェランがまさかのスピンを喫して仕切り直しとなり、4周目にグリーンとなる。ホンダ期待のド・フェランは26周に渡ってトップを維持したが、スピンの影響でハンドリングに問題が発生して無念の後退。燃費に優れるフェルナンデスが、51周目まで最初のピットを遅らせてトップに浮上する。





 全員が最初のピットを終えてコースに復帰したところで、15番手スタートのルーキー、モントーヤがいっきに3番手までポジションを上げていた。モントーヤはアンドレッティをかわして2番手に浮上すると、フェルナンデスへのアタックを開始するが、なかなかパスできない。やがて3回目のピットのタイミングを迎えるころ、コースの破片処理のためにフル・コース・コーションが発生する。この時ピットに向かおうとしていたモントーヤは、不運にもコーションでピットが閉鎖されたためにピット・インできず、なんと燃料切れで無残にもコース上でストップ。牽引されてピットに戻ったが、2周遅れでトップ争いから脱落してしまった。


 フェルナンデスは3回目のピット・ストップ後も、悠然とトップをキープ。2番手につけたムーアが一時トップと1秒を切るまでに接近したが、周回遅れの処理に手間取り、徐々に引き離されてしまう。残り20周を切ったところから燃料がきびしくなってきた上位陣は、グリーンの中で次々と4回目のピット・インを開始。その矢先、193周目のパピスのスピンによってコーションとなり、ほぼ全員がいっせいにピットへと向かう中、なんと、フェルナンデスはそのままコースに留まった。


 トップにいながらも、徹底的な燃費走行に徹してきたフェルナンデス。チームは139周目に発生したこの日3度目のコーションで、そのまま最後まで走りきれることを確信し、フェルナンデスをピットに呼び寄せなかった。レースは198周目にグリーンとなり、全車がフェルナンデスに猛然と襲い掛かろうとしたその時、すぐ後ろを走っていた開幕戦の覇者、ムーアがスピンを喫してまたもイエロー。フル・コース・コーションのまま規定の201周を終え、2年連続のトップ・フィニッシュを達成したフェルナンデスが、早くも“もてぎマイスター”の称号を得ることになった。


●(785kb-pdf)フェデックス・チャンピオンシップ・シリーズ第2戦 ファイアストン・ファイアホーク500 決勝結果





●優勝したアドリアン・フェルナンデス(フォード/レイナード/ファイアストン)のコメント 
「今日はずっと燃料をセーブして走っていたんだけど、クルマは最高で、最初からいいポジションをキープできたよ。今回の最大のチャレンジは、モントーヤをブロックし続けたことだろうね。こっちは燃料をセーブしながらで大変だったけど、なんとか最後まで抑えることができた。みんな燃料が持たないと思ってたみたいだが、実は最後まで余裕があったんだよ」





●日本人ドライバーの挑戦





 1999年のもてぎは、この年デビューした服部茂章が唯一の日本人ドライバーとしてメルセデス・レイナードで出場した。開幕戦で決勝レースに出走することができず、このレースが実質的なデビュー・レースとなった服部。予選24番手からスタートするものの、ブレーキ・トラブルやクラッチ・トラブルなど、相次ぐアクシデントに泣かされ、140周目に無念のリタイヤとなった。この年デビューを果たしたもう一人の日本人ドライバーである服部尚貴は、開幕戦のスタート直後にクラッシュ。左足2箇所を骨折したため、もてぎの出場機会を逃してしまった。


●プレイバック1999年〜シーズン・レビュー〜
 もてぎ開催が2年目となる1999年は、CART史上初めて年間20戦が開催されたシーズンとなった。前年同様、ホームステッドで3月21日に開幕を迎え、第2戦にもてぎが組み込まれる。開幕戦が前年より2週間ほど遅かったため、夏場のアメリカ国内戦は3連戦が2回もある過密スケジュールとなったが、9月からハイペースが落ち着き、最終戦のフォンタナまで余裕を持ってシーズンが終了した。


 前年に引き続き11年間の中でもっとも多種多様なマシン・ラインナップが継続され、エンジンは4社、シャシーは5社からの供給となる。2年連続チャンピオンとなったザナルディがF1のウィリアムズに行き、代わりに同チームからレンタルされる形でモントーヤがガナッシへ。このほかにもダ・マッタがこの年にルーキーとしてデビューしているが、モントーヤの陰に完全に隠れてしまった感がある。前年で引退したヒロ松下に続く日本人ドライバーは、服部尚貴と服部茂章の二人がともにインディ・ライツからステップ・アップを果たした。


 開幕戦は期待の若手グレック・ムーアが制し、第2戦は2年連続でアドリアン・フェルナンデスが栄冠を勝ち取るが、第3戦からはスーパー・ルーキーのモントーヤが3連勝し、早くもその才能を開花させた。だがシーズン中盤にダリオ・フランキッティの追撃を受け、第13戦にはランキング・トップの座を明け渡すことになる。第14戦から再び3連勝でトップを奪い返して見せたが、第19戦でフランキッティが優勝して再びトップに返り咲いた。熾烈を極めたタイトル争いは、最終戦でモントーヤ4位、フランキッティ10位でフィニッシュ。なんと両者同ポイントでシーズンを終了することになり、優勝回数で上回ったモントーヤがタイトルを手にすることになった。ルーキーがタイトルを獲得するのは、1993年のナイジェル・マンセル以来だ。


 スーパー・ルーキー、モントーヤの活躍で盛り上がった1999年シーズンだが、長年シリーズを支えてきたグッド・イヤーやメルセデス・ベンツ、シャシー・コンストラクターのイーグルが撤退する暗い話題があり、ゴンザロ・ロドリゲスとグレック・ムーアが亡くなるアクシデントが発生する悲劇的なシーズンでもあった。


●(14kb-pdf)フェデックス・チャンピオンシップ・シリーズ第2戦 ファイアストン・ファイアホーク500 出場者リスト


●1999年トピックス
不振を極めたペンスキーとイーグル、グッドイヤー






 開幕戦のスタートで服部尚貴と接触してクラッシュし、骨折してシーズンの序盤を棒に振ったアンサーJr.。ペンスキーはベテランのエースを失っただけでなく、グッドイヤー・タイヤやメルセデス・エンジンの不振に加えて、自社製シャシーのPC27Bも思うような成績を残せないでいた。


 アンサーJr.は第4戦ナザレスで復帰したが、チームはついにオリジナル・シャシーを諦めて、第6戦からローラの新車をアンサーJr.に託す。だが病み上がりのドライバーと、データがまったくないシャシーで状況は改善せず、クリーブランドで5位にはいるのが精一杯。再び不振が続き、ミシガンではPC27Bを再投入する有り様だった。


 その後チームはローラに戻って5戦を戦い、最後の3戦はPC27Bと破れかぶれの状態に。そのような中で、とうとうメルセデスとグッドイヤーが、このシーズン限りで撤退することが発表される。


 名門チームはこのような最悪の状態から脱却するために、第13戦のデトロイトで翌年のドライバーとしてド・フェランとムーアとの契約を発表。ペンスキー・レーシングの社長にチーム・レイホールから招き入れたティム・シンドリックを起用した。さらにエンジンはホンダ、シャシーはレイナード、タイヤはファイアストンという常勝パッケージの採用に踏み切る。ところがラグナ・セカでスポット参戦のロドリゲス、最終戦でムーアが死亡するアクシデントに遭遇するなど、設立以来もっとも厳しいシーズンを送ったのだった。





 一方、ペンスキー同様オリジナル・シャシーのイーグルで奮闘していたダン・ガーニー率いるオール・アメリカン・レーサーズは、最後までシャシーがモノになることはなく、この年一杯でシリーズから撤退する。シーズン序盤にチーム・ゴードンにも採用されて5戦を走ったイーグルだが、チームは序盤にレイナード、中盤にスイフトを使用し、イーグルに換えてもなんら変化は見られず、結局はこの1年限りでCARTから離れることとなった。


 ちなみに、この年もっとも多くのシャシーを変更したのはフェルナンデスで、レイナードを97、98、99と3世代使用しただけでなく、第3戦のロング・ビーチだけはスイフトも使用していた。


●1999年トピックス
 
1993年以降、不慮の死を遂げたドライバー達





 1993年以降、不幸にも不慮の死を遂げたドライバーは3人いる。1996年のトロントで、日本のレースでも人気を博していたジェフ・クロスノフが、90周目のバックストレートエンドでヨハンソンと接触。宙を舞ったマシンは道路わきのポールにマシン上部、運転席側から激突した。ル・マンでの活躍などが認められ、トヨタとともにデビューしたアメリカ人ドライバーのクロスノフ。念願の地元最高峰シリーズで、わずか11戦目の出来事だった。





 衝撃的なクロスノフの死から3年後、この1999年シーズンは立て続けに二人が他界してしまった。一人目は南米ウルグアイ出身のゴンザロ・ロドリゲスで、前年に国際F3000でモントーヤと争っていた実績がペンスキーに認められ、デトロイトでデビューする。悲劇は2戦目のラグナ・セカで起き、土曜日朝のプラクティス中にバックストレートを駆け上がったロドリゲスは、減速しきれずにタイヤバリアへ。だがマシンはそこで止まらず、タイヤバリアの向こうに運転席側から着地し、不運にも首の骨を折ってしまったのだ。





 二人目は最終戦のグレッグ・ムーアで、土曜日にスクーターで事故を起こし、右手の薬指を骨折していた。翌年からペンスキーに移籍することが決まっていたムーアは、インディ・ライツからともに戦ってきたプレイヤーズ・フォーサイスと最後のレースに臨むべく、本人の強い希望で最後尾からスタートする。いっきに15番手まで追い上げたものの、ジャンプアップを狙った10周目の再スタートの際に、勢いあまってターン1の手前で壁に接触。その影響か、ターン2でスピンしたマシンはイン側のグリーンを滑りながらバウンドして横転し、内側のコンクリートウォールに運転席側から激突したのだった。


 3人ともまさにこれからという時だっただけに、悲しみはあまりにも深かった。この機会に、あらためて彼らの冥福を祈りたい。 



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